★★ ダグ=エンゲルバート(1925〜) ★★
パーソナル・コンピュータの理念の考案者
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 現在、個人がコンピュータを所有し使用することは当たり前のこととなっています。しかし、初の汎用電子計算機エニアックが開発された1946年から約30年の間、コンピュータは専門家以外には使いにくい上に高価な機械であり、個人が所有することなど考えられませんでした。ここでは、個人のためのパーソナル・コンピュータの理念を考案した人物、ダグ=エンゲルバートについて紹介します。

◆ 電子工学を学ぶ
 ダグ=エンゲルバートは1925年、米国オレゴン州ポートランドで生まれました。1942年、17才でオレゴン州立大学に入学し、電子工学を専攻します。しかし第2次世界大戦のため、2年間アメリカ海軍のレーダー技術者としてフィリピン戦線に従軍しました。1945年に戦争が終わると復学し、1948年に大学を卒業。1950年、NACA(米国航空学諮問委員会)エイムズ研究所に就職。1951年、カリフォルニア大学バークレー校の大学院に入学し、電子工学で博士号を取得(1955)します。そして1957年、スタンフォード研究所に勤務しました。

◆ コンピュータの都合に人間があわせる
 1960年代、企業や政府は仕事にコンピュータを利用していました。しかし、当時のコンピュータは高価だったので個人で独占できず、複数の利用者が1台のコンピュータを利用するのが当たり前、計算をしようと思っても、順番待ちをしなければなりませんでした。また当時のコンピュータはキーボードで命令を入力して動かしたのですが、命令を一文字でも間違えると動かないので、マニュアルを完璧に覚えねばなりませんでした。人間のためにコンピュータが働くと言うよりも、人間がコンピュータの都合に合わせないといけなかったのです。
 エンゲルバートは「コンピュータは、会社や政府の仕事を助ける道具ではなく、個人の仕事を助ける道具になるはずだ」と考えました。しかし1960年代に、コンピュータを個人で所有できる日が来ると考える人はほとんどおらず、エンゲルバートの主張は「馬鹿げた夢」とされ、相手にされませんでした。エンゲルバートは一人で細々と研究を続けていました。

◆ アメリカ国防総省のアーパプロジェクトが、エンゲルバートを援助
 1960年代中頃、コンピュータをもっと使いやすくしようという計画が、アメリカ国防総省の資金提供ではじまりました。この計画はアーパプロジェクトと呼ばれ、今日のコンピュータ技術の多くの元となりました。このアーパプロジェクトがエンゲルバートのアイデアに関心を持ちました。コンピュータの導入に積極的だった米軍は、エンゲルバートのアイデアが役に立つと考え、彼に100万ドル単位の資金とスタッフを提供しました。

◆ 現在のマッキントッシュやウインドウズの原点となるアイデアを考え出す
 この結果、エンゲルバートは多くの画期的なアイデアを考案しました。その一つが、キーボードで命令を入力するのではなく、絵(アイコン)をクリックして操作する方法です。これならば、コンピュータへの命令を暗記しなくても、マウスを操作すればコンピュータは動きます。
 1968年に彼が学会で行なった講演では、現在のマッキントッシュやウインドウズの原点となるアイデアが全て盛り込まれていました。マッキントッシュが出現する16年も前に、現在のパソコンOSの思想は誕生していたのです。 しかし、エンゲルバート自身は、そのようなコンピュータを実現できませんでした。当時の技術水準では、エンゲルバートの考えた「個人用コンピュータ」など作りようがなかったからです。ですが、1960年代末からのLSI技術の急速な発展は、エンゲルバートのアイデアを現実のものとしていきます。そして今日、個人が利用する使いやすいコンピュータは当たり前のものとなっています。



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